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激戦の冬1994年 安部 闘志秘め“無言実行”ブランドコピー

【大阪国際女子マラソン】(5)  1993年大会で2位に入った安部友恵(39)=旭化成=は、優勝した浅利純子(41)=ダイハツ=とともに同年8月、ドイツ・シュツットガルトで開催された世界選手権に出場し、銅メダルを獲得した。  「世界選手権は副産物。目標は8位入賞」と考えて腕時計コピー いた安部にしてみれば望外の結果。だが、帰国後に送られてきたスポーツ紙を手に取り、喜びは吹き飛んだ。当然のことながら、1面を華々しく飾っていたのは浅利。五輪、世界選手権を通じ、日本の陸上選手として初の金メダリストとなったライバルと3位の自分とでは、記事の扱いに雲泥の差があった。  「勝負は勝たないと意味がないんだと、そのときに分かったんですよね。だから、次は絶対に勝つと」  94年大会の号砲を2日後に控えた1月28日。大阪・豊中市の千里阪急ホテルで行われた記者会見に、国内招待選手が顔をそろえた。注目は浅利、藤村信子、吉田光代のダイハツ勢、さらに安部とその同僚の朝比奈三代子だった。“舌戦”をオメガコピー 仕掛けたのはダイハツ勢。そろって日本記録を大幅に上回る2時間24分台を目標に掲げた。  その場では「いけるところまでついていく」と話すにとどめた安部も、内に秘める闘志では負けていなかった。「言うのは簡単ですから」と応戦したうえで「浅利さんたちが有言実行なら、私は“無言実行”」とやり返している。  「2時間24分で走るといっても、誰かが引っ張らなければそんなタイムは出ない。積極的にいくわけがないと思っていたんです」  一方、「連覇します」と高らかに宣言した浅利だったが、調子は決していいとはいえなかった。世界選手権後は表彰や取材などで十分な休養を取れず、疲労をずるずる引きずった。藤村、吉田という年上の同僚と常に競り合う練習環境も、不調にあえぐ浅利の神経をすり減らした部分はあったかもしれない。  1秒差の激闘の再戦となった94年大会。浅利はスタートラインで隣り合わせになった安部に、1年前の自分と重なる雰囲気を感じ取ったという。「言葉ではうまく言い表せないけど、体から感じる気というか…」。早くも勝者の輪郭が見え始めていた。(敬称略、所属は当時)